「明けない夜はない,止まない雨はない」

准学校心理士のみなさんへ「明けない夜はない,止まない雨はない」

[2021.9.10]
准学校心理士資格認定委員会前委員長
大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

 この言葉はどこから来たのかいろいろ調べてみましたが,どうもいまいち判然としません。それでも本当にいい言葉なので,常用句として私は日ごろから使ってしまいます。つい最近もコロナ禍の状況に関連して長年の香港の友人へのメールで使いました。

 I have no idea what will happen in the future. Still, I don’t think there’s a
  night that doesn’t dawn, and there’s no rain that doesn’t stop. The future
   will be opened up depending on how to deal with such a situation.

 ここで香港の友人と共有したかったのは,こうした状況にどのように対応するかによって未来が決まって来るかもしれない,ということです。嵐が過ぎ去るのをじっと耐え忍ぶのではなく,みなさんも日々創造的に実践されているように,さまざまな取り組みや対応をし,このことが今後に有り様や方向性を決定づけると言う自明の理を再確認しておきたいと思います。  ただ,再び(繰り返し)夜は来ますし,雨も降ります。汚れや穢れを払い落とすイメージは不適切で,哲学でいう「弁証法的な発展」としてコロナ禍という新しい困難を,新しい論理や視点・観点からとらえ直して未来に活かすことが求められています。このことは単純に,現時点で with Corona と言うわけには行きません。in Corona の現況のもとで,against Corona対応を深めつつ,この先どのような展望が出てくるか。准学校心理士のみなさんとともに関心を持って専門職としての議論に参加していきたいと思います。

 ただし現に今,「若い」准学校心理士のみなさんはコロナ禍に関して既に歴史的な当事者になっています。自分として何を考え,何をし,職場では何が起こり,どう対応したか,社会全体としてはどうであったか等々,と言うことについて知りうる立場,実践できる立場,記録できる立場にあります。是非とも記憶を記録(自分なりの総括も含む)にしておいて下さい。そうでないと,これから新しく入ってくる「准学校心理士」のみなさんはまたゼロから考え実践するしかありません。後輩の准学校心理士のみなさんへ繋げていく当事者であることをお忘れなく!!

 ここまで書いて一度送稿しましたが,今月はもう少しだけ別の話題で続けさせて下さい。つい最近,講談社現代新書「本当に君は総理大臣になれないのか」を読み,さらにDVDレンタル等でこのドキュメンタリーも見るつもりでいます。この本に触発されて,高校在職時の(元)同僚に以下のようなメールを送りました。准学校心理士の方々と共有したいと思います。

 明日>今日>昨日という不等号はもはや成立しない時代になっています。むしろ逆でしょう。人の一生もそうだと,70過ぎたこの頃実感しています。数学的には,明日→C(定数),つまりある定数(増えない)に向けて収束することになります。個人では無理でも,巨大な核戦争等が生じない限り,人類全体としては,C=0とはならないけれど,残念ながら個人的には行く行くは,C→0なのでしょう。小さな値は数学では,ε(イプシロン)と表記しますので,明日→ε です しかも 明日<今日<昨日 です 事態がこうであるとすれば,われわれは可能な限り,その時その時の,「今日」が持続可能なレベルで明日を展望する以外にありません。よくはならないけれど,自分としての持続可能な生き方,行き方をする以外にこれからを生き抜く術はないように思いますが,いかがでしょうか。