[2020.8.25]
准学校心理士資格認定委員会委員長
大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)
おもしろい連載(岩波書店『図書』2020年8月号 佐藤俊樹・知識と社会の過去と未来)が始まった。
副題にあるように,「M・ウェーバーから百年」とあるようにドイツの著名な社会科学者であるマックス・ウェーバーの没後百年を契機に,「知識と社会」の過去とこれから未来を考えようとするものである。
これはこれで専門的なことであるので,准学校心理士のみなさんには直接的にはかかわらないかもしれない。
ただこの第1回連載分には,「過誤(エラー)」をめぐってコロナウイルス検査の進め方とその判定,社会的な意味合いを検討し,「社会と知識の過去と未来」をテーマ化しているので,若いみなさん方(准学校心理士)にも注目すべき論点を提供しているので,紹介する。
「現在のところ,コロナのPCR検査の偽陰性率は30%ぐらいだろうと,考えられている。つまり,本当は感染しているのに「感染していない」と判定される人が三割ぐらいでてしまう。」(13頁上段)
偽陰性率とは,本当は陽性なのに過誤(エラー)により陰性と判断されてしまう確率であり,「その人たちが職場や学校に積極的に出ていけば,かなり頭の痛い事態が起きる」(同)ことはいうまでもない。
統計学を少しでも学んだことがあれば5%水準を思い出すので,これで検査と言えるのかと思うであろう。
もっとこの偽陰性率を下げることができないのか,あるいは同一人の複数回検査ができないのか(30%×30%=9%),と考えるかもしれない。
後者は現在の検査能力体制から言って難しいとすれば,前者の方向での検討はどうか。
こうなると,本当陰性なのに過誤(エラー)により陽性と判断されてしまう確率(偽陽性率)が上がることになり,本当は陰性であるこの人たちは「強制的に隔離されれば,完全個室で導線も完全分離できる施設でないかぎり」,「偽陽性の人は強制的に感染しやすい状態におかれ,そのうちの何人かは本当に感染させられる。」(同中段)
こんなことが許されるわけはない。こうなると,「偽陰性と擬陽性の天秤は,最終的には個と全体の天秤に通じる」ことにならざるを得ないので,この新形コロナウイルス下の「パンデミックを生きるとは,どうやら,そんな問いとともに生きることであるようだ。」(同下段)
PCR検査では特異度(感染していないときに検査で正しく陰性と出す割合)と感度(感染しているときに検査で正しく陽性と出す割合)という用語が使われるが,より広く統計学では周知の過誤(エラー)の問題と関係するので,日本疫学会疫学用語の基礎知識に基づき確認しておくことにする。
(https://jeaweb.jp/glossary/glossary027.html) 過誤(エラー)とは, 検定が誤った確率(P値)に基づいて行われたことによる誤判断をいい,
主に以下の二種類がある.
第一種の過誤(αエラー):
本当は検定仮説が正しいのに, 誤りであると判断する.
第二種の過誤(βエラー):
本当は検定仮説が誤りなのに, 誤りであると判断しない.
なお, 一般に標本データ数が多くなると,
第二種の過誤は生じにくくなる(検出力が上がる)
さらにこの議論は単なる確率の問題を超えて社会全体の価値の問題として「個と全体の天秤」に繋がっていく(例えば刑事裁判の基本原則である「推定無罪」)。
よくよく考えると,准学校心理士のみなさんが働く現場に具体的な問題や課題として生じていること(もし間違ってらどうしよう!もし本当だったらどうしよう!というリスクの問題)なので,仲間のみなさんと一緒に実践的にお考えいただきたいと思う。
なお,今次の新型コロナウイルス流行対応に関しては,そもそも求められているのは,朝日新聞2020年8月24日付「天声人語」で紹介されていた(万が一の時には)「安心して感染したい」(できる)社会でありたいと私は考えている。無制限の自己責任と自己負担を求める自粛路線(あまつさえ自粛警察など論外である)はそもそも根源的な問題があったのである。