准学校心理士の方へ



准学校心理士のみなさんへ
「准→士」類型の受験資格の期限について
                                     [2022.1.14]
                             准学校心理士資格認定委員会
                                   委員長 橋本 創一

 令和4年、新しい年となりました。本年もよろしくお願い致します。

1.令和元年・2年・3年4月1日に准学校心理士資格を取得した方へ
 −受験資格期限の1年延長(取得から6年目迄受験可能)について−

 准学校心理士取得者に配布したIDカードと登録証において、学校心理士の申請(受験) 期限の記載が、「准学校心理士資格認定要項」にある規定と異なっていることが判明しました。
 不正確な表記について、ここに謝罪申し上げます。
 また、昨今のコロナ禍による准学校心理士の研修や専門的実務経験などへの影響を考慮し、 資格取得年度から6年目までの学校心理士の申請(「准→士」類型による受験)ができること(例えば、平成31年4月1日取得→令和3年度?6年度まで申請ができる)としました(1年延長することとしました)。
 つまり、皆さんにお配りしている登録証やIDカードに記載された期限まで、学校心理士の申請(受験)が可能ということです。

2.令和4年4月1日に准学校心理士資格を取得見込みの方へ
 −受験資格期限の1年延長(取得から6年目迄受験可能)について−

 今年度、准学校心理士の資格申請された方の登録証とIDカードを、現在、作成中です。
2月迄には、加盟校(皆さんの所属する短大・大学)にお届けして、担当の方からお受け取り頂きます。
 このたび、「准学校心理士資格認定要項」の一部が理事会(2022.1.5)にて改定されました。
 以下の通りです(取得日・有効期限・学校心理士申請期限について登録証とIDカードに 記載されていますのでご確認下さい)。

<<要項の一部改正>>
 学校心理士受験資格付与
 准学校心理士の資格を有するものが以下の条件を満たすときには学校心理士受験資 格を与える。学校心理士資格認定申請(「准→士」類型)は,准学校心理士資格 取得から3年〜6年の間とする。
※資格有効期限3年、受験資格は取得から6年まで

准学校心理士のみなさんへ
「明けない夜はない、止まない雨はない」
                                     [2021.9.10]
                         准学校心理士資格認定委員会前委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

 この言葉はどこから来たのかいろいろ調べてみましたが、どうもいまいち判然としません。 それでも本当にいい言葉なので、常用句として私は日ごろから使ってしまいます。 つい最近もコロナ禍の状況に関連して長年の香港の友人へのメールで使いました。

  I have no idea what will happen in the future. Still, I don't think there's a
  night that doesn't dawn, and there's no rain that doesn't stop. The future
   will be opened up depending on how to deal with such a situation.

 ここで香港の友人と共有したかったのは、こうした状況にどのように対応するかによって未来が決まって来るかもしれない、ということです。 嵐が過ぎ去るのをじっと耐え忍ぶのではなく、みなさんも日々創造的に実践されているように、さまざまな取り組みや対応をし、このことが今後に有り様や方向性を決定づけると言う自明の理を再確認しておきたいと思います。   ただ、再び(繰り返し)夜は来ますし、雨も降ります。 汚れや穢れを払い落とすイメージは不適切で、哲学でいう「弁証法的な発展」としてコロナ禍という新しい困難を、新しい論理や視点・観点からとらえ直して未来に活かすことが求められています。 このことは単純に、現時点で with Corona と言うわけには行きません。 in Corona の現況のもとで、against Corona対応を深めつつ、この先どのような展望が出てくるか。 准学校心理士のみなさんとともに関心を持って専門職としての議論に参加していきたいと思います。

 ただし現に今、「若い」准学校心理士のみなさんはコロナ禍に関して既に歴史的な当事者になっています。 自分として何を考え、何をし、職場では何が起こり、どう対応したか、社会全体としてはどうであったか等々、と言うことについて知りうる立場、実践できる立場、記録できる立場にあります。 是非とも記憶を記録(自分なりの総括も含む)にしておいて下さい。 そうでないと、これから新しく入ってくる「准学校心理士」のみなさんはまたゼロから考え実践するしかありません。 後輩の准学校心理士のみなさんへ繋げていく当事者であることをお忘れなく!!

 ここまで書いて一度送稿しましたが、今月はもう少しだけ別の話題で続けさせて下さい。 つい最近、講談社現代新書「本当に君は総理大臣になれないのか」を読み、さらにDVDレンタル等でこのドキュメンタリーも見るつもりでいます。 この本に触発されて、高校在職時の(元)同僚に以下のようなメールを送りました。 准学校心理士の方々と共有したいと思います。

 明日>今日>昨日という不等号はもはや成立しない時代になっています。 むしろ逆でしょう。 人の一生もそうだと、70過ぎたこの頃実感しています。 数学的には、明日→C(定数)、つまりある定数(増えない)に向けて収束することになります。 個人では無理でも、巨大な核戦争等が生じない限り、人類全体としては、C=0とはならないけれど、残念ながら個人的には行く行くは、C→0なのでしょう。 小さな値は数学では、ε(イプシロン)と表記しますので、明日→ε です しかも 明日<今日<昨日 です 事態がこうであるとすれば、われわれは可能な限り、その時その時の、「今日」が持続可能なレベルで明日を展望する以外にありません。 よくはならないけれど、自分としての持続可能な生き方、行き方をする以外にこれからを生き抜く術はないように思いますが、いかがでしょうか。  



准学校心理士のみなさんへ
先の見通せない世界でどのように判断していくか
                                      [2021.8.2]
                         准学校心理士資格認定委員会前委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

 まったく鬱陶しい(この漢字も!)時期が続いています。 その上、暑くてたまらない。 毎日くたくたになりながら各職場で誠実に専門的な職務を遂行するみなさんにはゆったりと考えを巡らす時間的なゆとりを取りにくいかと思います。 それでも先の見通せない世界にあってどのように判断していくかが日々に問われ続けています。 文句ばかり言わずに対案を出せという言辞は、切迫した時間の中で日々苦闘する状況下であっては理不尽極まりない言動です。
「それはあんたの責任だろう!」と言い返してもいいくらいです。
 だとしても、日々さまざまなところから出て来ている各種の対案(立論)を検討し、分析視角を定めて評価することから始める以外ありません。 ここでは各種の対案に見られるその正当性の根拠付け(resoning)から検討することにします。

 このことは社会にとって重要な専門職を検討する大事な視点でもあります。 最も根本的には、その考える道筋について、例えば、
法律家に関して、 Thinking Like a Lawyer: A New Introduction to Legal Reasoning
看護師職については Think Like a Nurse: A Handbook
という本でも明確なように、ベテランの法律家と新人の法律家を比較すると、新人は「法律家らしくない」ないし、新人の看護師は「看護師らしくない」といえる。恐らくその考えの筋道(事態の根拠付けReasoning)が法律家らしくない、あるいは看護師らしくないのでしょう。 さらに保育士らしくない、という言い方もありえます。
 おそらく先が見えない状況で、各専門職らしく考えて予測(予見)する力なのでしょう。 日本における専門職教育の有り様を「Thinking Like a 〜」から考え直すことも重要であり、私の勤務する大学院の発表会でもこの視点も提起されています ただ現時点では抽象度が高いので、取りあえずは若い准学校心理士のみなさんはこうして視点からベテランの方々と話をしてみて下さい。

 ここからはもう少し具体的に各種の対案に見られるその正当性の根拠付け(resoning)を見ていくことにします。
先ず第1は、データ等による事実の根拠を有するかどうかです。 事実factの次元で簡単そうですが、そうは言えません。 そもそも自分で確実に見聞したものでなく、何を持って信頼性の根拠とするのでしょう。 偶然事象やデータ改ざん等を考えればなおさらです。
 第2には、現時点で確立した「規範」(各専門職の礎や標準であり、具体的にはスキルや知識、積み上げてきた実践事例や永年の議論の到達点等)に根拠付け(resoning)られるかどうかです。 自然科学での明晰・明瞭な確証(測定や観測、実験等)と同じくらいの「規範」(法則や定理等)であれば、帰納的に結論が導かれるかも知れませんが、解決方略等に対する「定説」(強い規範)すらないといえる准学校心理士のみなさんの職域ではどうしたらいいのでしょうか。 まして今までの経験や体験等では見られなかった新しい事象であれば、さらに難しくなります。 それでも専門職として明日から対応せざるを得ません。 となると、未知の課題に対して暫定的な方略を立案し、リスクを背負いながら責任(responsibility)をもってチャレンジ(challenge)することになります。
 責任は当然にも「責任者」(内閣総理大臣等)が取ります。 ここで言い逃れのために逃げ道を作ったりすることは許されませんし、こうであればチャレンジではないわけです。 各専門職者(組織・集団)が自己の良心や良識に従いながら、覚悟を持って論理的理性的な判断を下す厳しい場面です なお、責任という用語については、次のように説明されているようです。 私はこの説明に賛成です。
「*responsibility*」:これから起こる(=未来)事柄や決定に対する責任の所在。
「*accountability*」:すでに起きた(=過去)決定や行為の結果に対する責任、またそれを説明する責任。

若い准学校心理士のみなさんは危機的状況にある現在の対応についてベテランの先輩諸氏等をよく見ながら、そこに「反面教師」も含むかも知れませんが、さまざまなことを学んで下さい。  



准学校心理士のみなさんへ
事実あるいは根拠とは?                          [2021.7.2]
                         准学校心理士資格認定委員会前委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

 今回は少しばかりややっこしいことを考えてみましょう。
ただこのことが日常の教育実践に深く関わることなので逃げるわけにはいきません。
「あなたのいうことはわかりますが、事実に基づく根拠は何ですか?」
先ずは本当にわかっていますか、と突っ込みを入れたくなるのを我慢して、「私の言ったこと(意見や判断)」に対する「事実に基づく根拠」 について考えてみます。

1)「事実に基づく根拠」について
 多分多くの場合にはそれぞれの「私の経験や体験」という「事実に基づく根拠」です。
この場合には一部まだ未整理のままであったとしても(多忙であっても日々の実践を省察reflectionし総括しておくことが大事になります)、具体的な実践においてそれなりに確証されていることであり、仲間との議論でも受け容れられているもの(現実的な妥当性)でしょう。
 地位や権力を振りかざした物言いは論外(ハラスメント)だとしても、真摯な議論においても「客観性がない」との批判が当然出てきます。 学会での論争ではなく職場での実践的な議論ですので、恐らくこの意味は、しっかりした根拠がないので、失敗し何らかの損失を被るかも知れないという不安や恐れに根ざしたものと思われます。
 この場合には当該職場における過去の事例や他の職場での同一事例に近い実践(直接にあるいは文献を通して知りうる)、有識者等(スーパーバイザー)の招聘等が考えられますが、多様で複雑な実践現場ではなかなか難しいところがあります。 となると職場での率直かつ当事者意識(責任性)を持った専門職同士の議論(熟議)で当面凌いでいくことが現実的・実際的となります。
 仮にうまく打開できたとしてもそれはある種の偶然であり、それでもまだ「客観性がない」との「批判」を根本的に解決したものではありません。 この批判に正面から立ち向かうためには、具体的な実践や現実から離れた「客観性などはそもそもない」(少なくとも意味や価値はない)のであり、実践によって現実を切りひらいていく「実践の認識論」を構築すべきでしょう。 「客観性がない」という物言いの基礎にある科学的あるいは実証的な認識論に対して根本的な批判し、「実践の認識論」を展開したのがドナルド・A. ショーンDonald A. Schonです。 彼の主張についてはまた機会があればご紹介します。

2)「私の言ったこと(意見や判断)」について
 事実として「私の言ったこと(意見や判断)」が音声データとして記録することは可能ですが、ここでの議論はそうした次元ではありません。 「私の言ったこと(意見や判断)」が己の良心(広く良識や理性)に反しないものかどうかが問題です。
 当該職場で働く専門職としての立場からの物言いであって、ウソもないし利益相反(子どものためと言いつつ実際は自分自身の利益を守るため)も抱えていない。 残念なことに、ウソが日常化し、あまつさえウソに合わせて公文書までも書き換える事案までも出てくると、そもそも「私の言ったこと(意見や判断)」は無意味を突き抜けて虚無としか言い様がありません。
「私の言ったこと(意見や判断)」は専門職者としての倫理に欺かないものというのが最低限の条件となります。

科学的あるいは客観的、そして専門職を支える倫理とは何かいつも意識して実践活動に従事することが大事であることを再確認していただければ幸いです。  



准学校心理士のみなさんへ
コロナ禍の収束(終息)とは?                      [2021.6.4]
                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

 本当に鬱陶しい日々が続いていますが、お「元気」(新漢語林MX:万物を産み育てる気)でしょうか。 出口の見えないコロナ禍で行政から将来展望を欠く場当たり的な「自粛」を要請(実質的には「強制」に近い)されて、にっちもさっちも(二進も三進も)いかない状況に地団駄を踏む毎日です。 恐らくこれは全国津々浦々の居酒屋さんや劇団・寄席の方々、ミュジシャンの方々等に共通する思い(「怨念」?)でもあるのでしょう。
  73歳になる私などはこのままキャリアの総括ならぬ「終活」に入らざるを得なくなります。
それでもわれわれは萎縮するばかりでなく、専門職として少なくとも良心に恥じないような行動が求められています。
  何をしたらいいのでしょうか。「する」ことが難しいのならば、何が求められているのでしょうか。 その基準はどのようなものでしょうか。
  それは「祈り」(危機的状況下におけるこころの支えや希求するもの)に近いもののように思えます。

ニーバー Reinhold Niebuhr1892-1971(アメリカの神学者)はこう言います

  God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed,

  Courage to change the things
  which should be changed,
  and the Wisdom to distinguish
  the one from the other.

神よ、変えられることのできないものについては、それを受け容れるだけの心の落ち着きを与え給え
変えられるべきものについては、それを変えるだけの勇気を与え給え
そして変られえるべきものをそうではないものから区分けする知恵を与え給え

ニーバーの叫びは、
躊躇ばかりではなく勇気courageを!
しかし無謀さではなく知恵wisdomを!
そして、それでも生きていくために心の平安serenityを!

と言うことだと思います。

日々この言葉を噛みしめながらそれぞれの場で実践していきたいものです。



准学校心理士のみなさんへ
コロナ禍の収束(終息)とは?                      [2021.4.28]
                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

この4月から全国各地の保育園や幼稚園、あるいはさまざまな教育機関に勤められた若い准学校心理士のみなさんは、コロナ禍で困惑の日々を送られているのではないかと心配しております。
季節性インフルエンザは毎年発生しますから、終息はしないのですが、春の到来とともに収束します。新型コロナウイルスも今後様々な変異をしながらしぶとく生き残るものと思われますので、終息は恐らく難しいのでしょう。とすれば、新型コロナウイルスはいつどのように収束するのでしょうか。

季節性インフルエンザが予防あるいは軽症化のためのワクチンとある種の治療薬、さらに人びとの対処方略取得等により収束したとすれば、新型コロナウイルス流行の収束は現時点でなかなか展望できない状況にあります。
こうなると混迷は二重です。一つは医学あるいは技術面、もう一つは哲学あるいは人間の在り方に関わるものです。前者は着実に進展するものと想定できますが、時間がかかるとともに新型コロナウイルスの変異の有り様によっては繰り返し課題としてループ化しないとは言い切れません。年々歳々収束に向けたイノベーション(改良・改善と言った次元ではない)が求められ続けることになります。よく言われるwith Coronaの論題がここから出てきます。

こうなると、次元は単にコロナウイルスへの対処方略から、こうした状況下でどのように社会関係(人間関係)をとり結ぶのかという「哲学あるいは人間の在り方」の論題となります。
マスク着用やソーシャルディスタンス等の個人次元のものから、議論(口角泡を飛ばす)や居酒屋等を含めたコミュニケーション、さらに芸術・スポーツ等の文化にも深く関わってきます。菅政権(大阪府、東京都等の知事)は4月25日(日)から三回目の緊急事態宣言を発出しましたが、この先の時間的展望やその意味・意義・価値等が不明確なので(と言うよりも語られていない)、その方策・方略・言説は、大阪の日本城タクシー(株)の坂本篤紀社長の言うように、TVコマーシャルの域を出てないように思われます。

若い准学校心理士のみなさんには、職場の中で、あるいは親友と、さらに出逢いの中で、こうした「本質的な問題」を,22世紀をイメージしながら語り合っていただきたい。そのための素材をこのコーナーでも提供していくつもりです。



准学校心理士のみなさんへ
ケースレポート作成に向けて 

 [2021.3.26]


                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

2月27日(土)の研修会はいかがだったでしょうか。
当日は、講座1で「学校心理学・教育実践におけるケースレポートの書き方」(担当 岡直樹・徳島文理大学 小澤郁美・柏原志保(広島大学)、講座2で「保育現場における様々な問題・課題と学校心理士の役割について」(担当 緒方宏明・九州ルーテル学院大学)という研修でした。 准学校心理士のみなさん、特に保育現場にいる若い准学校心理士のみなさんに焦点化した研修会でした。
ここを一つの起点にしながら、准学校心理士から学校心理士への資格転換を、さらに長期的には学校心理士SVへと、生涯キャリアの設計をしていただければ幸いです。
講座1で『学校心理学ケースレポートハンドブック』の内容が丁寧に解説されましたので、ここでは『実践 自分で調べる技術』(宮内泰介・上田昌文著 岩波新書 本体価格880円)について触れます。

准学校心理士のみなさんは日々に実践をインプットされ、整理や熟考する時間が持てずに時にはアップアップになっているのではないでしょうか。
実践は対象化し自分の外にアウトプットしてはじめて自分にも見えるものとなります。 基本となるのはご自身の実践の省察reflection(振り返り)ですが、それを外部に発表するとなれば、いくつかのマナー(お作法)や追加調査が当然に必要になります。
前者については講座1のテーマでしたので、後者について取り上げたいと思いますが、うまい具合に最適で、しかも読みやすい新刊書(『実践 自分で調べる技術』宮内泰介・上田昌文著 岩波新書本体価格880円)が刊行されました。
この本は2004年7月に『自分で調べる技術 市民のための調査入門』(宮内泰介著 岩波アクティブ新書本体価格740円)の「全面改訂版」で、「執筆者に上田が加わり、一から書き下ろし」ものです。調査(法)は日々に進展するものですので、この本にはフォローアップ・サイトも用意されています。
本書は次のように構成されています
第1章 調べると言うこと
第2章 文献や資料を調べる
第3章 フィールドワークをする
第4章 リスクを調べる(この章で「リスクを推し量る」として統計学や疫学の考え方が紹介されています)
第5章 データ整理からアウトプットへ

ここでは、この本から三点のみ具体的な方途を書きます
1)アウトプットするには、当然にも関連する文献に当たることになります。ここで迷います。その場合には次の巨大なデータベースで検索してみて下さい。
国立国会図書館サーチ(https://iss.ndl.go.jp/)
「国会図書館が元々持っていた図書のデータベースや雑誌記事・論文などを統合し、さらにそれに外部のデータベースを連結させたもので」「本や雑誌論文などを検索する日本最大のポータルサイトと言ってよい」ものです。
2)調査に関する全体の見取り図を頭に入れておくと、「調査」の利点も限界もハッキリします。この本では「六類型」に分けています。 先ず「数字(数値データ、量的データ)を集めてくる」「量的調査(定量調査)」と、「言葉(文字データ、質的データ)を集めてくる」「質的調査(定性調査)」に二分した上で、さらに対称的に類型化すれば、「書かれた数字を集めてくるのが統計調査」:「書かれた言葉を集めてくるのが文献・資料調査」、「書かれていない生(なま)の数字を人々から集めてくるのが質問紙調査(直接数字を集めるのではなく人びとに簡単な質問をして、それを「1」と答えた人何人、「3」と答えた人何人、と数字に変換していく方法)」:「書かれていない生の言葉を人びとから集めてくるのが聞き取り調査」、「聞くのではなく、見て(あるいは機器を使って)数字を集めてくるのが測定(交通量調査や降雨量測定など)」:「見て言葉を集めてくる」「例えばある人びとの集まりのなかに入れってもらい。そこで様子をうかがい、言葉で記録する観察」となります。
3)難しいのは「聞き取り調査」でしょう。「聞いた話は正しいか?」ということですが、「これは相手が嘘を言っているかどうかという問題ではありません」。「聞き取り調査」は、「お互いの関係や、聞く内容と答える内容との相互作用などが反映しながら成り立つ作業で」「聞いた話は、どういう状況のもとで聞いた話か、そして、相手の「話」はどう解釈すればいいのか、に常に注意を払っておく必要がある」からです。

総ページ数272頁の新書版で、文体も「ですます調」です。本文もわかりやすく、読みやすいものです。
この「春休み」にでも仲間と一緒にじっくりと読み込んで、議論してみて下さい。



准学校心理士のみなさんへ
連帯のエール                             [2021.1.29]
                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

コロナ禍、さまざまな実践現場でご苦労されている准学校心理士のみなさんに連帯のエールをお送りします。

その第1弾が以下の講座で、既に本機構HPに掲載されています

2021年度申請より「准学校心理士」資格保有者(規定の経験を満たした方)も学校心理士試験を受験することができるようになります。
そのため,ケースレポート作成について2020年度大会で研修会を開催する予定でしたが,コロナウイルス感染症の影響で,実施不可となりました。

つきましては,下記の要領でzoom研修会を実施いたしますので,是非ご参加ください。
(申込〆切2月10日 准学校心理士の方は2月12日正午まで)
但し,2月27日現在,_学校心理士資格を所持していない方(2020年度准学校心理士資格申請に合格されていて,2021年4月1日より資格が有効になる方,一般の方等)は受講不可_です。
申込を登録されても招待メールは届きませんのでご承知ください。


日時:2021年2月27日(土)12時から17時
参加方法:zoomウエビナー
定員:各講座490名ずつ(准学校心理士200名,学校心理士290名予定)
参加費:無料

●講座1:12:00〜14:00
  「(仮)学校心理学・教育実践におけるケースのまとめ方・レポートの作成について」
      講師:岡 直樹(徳島文理大学・学校心理士資格認定委員長)
         柏原志保(広島大学)・小澤郁美(広島大学)
●講座2:15:00〜17:00 
 「(仮)学校心理士の保育・幼児教育実践について」
      緒方宏明(九州ルーテル学院大学)

<司会>大野精一(星槎大学・准学校心理士資格認定委員長)
<コーディネーター>橋本創一(東京学芸大学)

その第2弾が本年1月に風間書房より刊行された『学校心理学ケースレポートハンドブック―子どもの援助に関わる教師・スクールカウンセラーのために』(学校心理士認定運営機構 編 本体価格1500円)です。

ここでは、准学校心理士のみなさんが学校心理士の資格移行に不可欠なケースレポートの書き方を、以下の構成でていねいに解説しています。

第1章 学校心理学にもとづくケースレポートの書き方
第2章 スーパービジョンと協働・コンサルテーション
第3章 倫理について
第4章 ケースレポートの実際
第5章 ケースレポートの書き方と評価


本機構および准学校心理士資格認定委員会では、若い准学校心理士のみなさんにこれからも何弾にもわたりエールを送り続けます。

次回は今回予定していた『実践 自分で調べる技術』(宮内泰介・上田昌文著 岩波新書本体価格880円)と上記の『学校心理学ケースレポートハンドブック』の2冊の本を実践のインプットとアウトプットという視点から紹介する予定です。



コロナ禍の1年                            [2020.11.30]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

この原稿をお読みいただくときには、12月師走になっていると思います。
コロナ禍に「振り回された」1年でした。
それでもここから将来に向けて「光」を取り出しておきたい。
ある住職さんが次のようなことをお書きになっていました。

闇などというものはない。
その証拠に光が当たれば消えてしまうではないか!

仏教でいう「光明」の意味が鮮明になりました。
コロナ禍という闇に何があればいいのでしょうか。
何が欠けているのでしょうか。
それ(ら)をどのように見つけ、入れ込めばいいのでしょうか。
コロナ禍という闇そのものの解析や応用(感染症学やそれに基づく予防策等)が不必要だと言っているわけではありません。
ただそれは闇それ自体を問題にし、その程度を軽減するだけで、闇自体がなくなるわけではないと考えるのです。
ZOOMやGoogle等の対応も同様です。
闇夜での工夫としては優れたものであっても、その先どうなっていくのか極めて不透明であると言わざるを得ない。

先日、Zoom本社が企画した研修会にZoom参加しました。
Zoomの新しい機能紹介も興味深かったのですが、それよりも私が注目したことがありました。
私の理解が正しければ、Zoomは教育現場が今まで行ってきた直接対面の授業(広くコミュニケーション)を「プレミアムな価値を持つ」と表現していたように思います。
考えてみれば、Zoomが可能にしたのは、私の理解では、同一空間・同一時間に人を参集させるだけで、ブレークアウト等の様々なツールがあっても、そこでの会議に必ずしも凝集性等の創造的な集団性を担保するものではないのです。
もちろん企業等の目的限定型の機能集団では異なる側面を持ちますが、人間・ヒトの全体性や統合性が関わる教育場面ではどうしようもない深い溝があるように思えて仕方ありません。
無い物ねだりをしても仕方ありません。
一体全体、直接対面の授業(広くコミュニケーション)にある「プレミアムな価値」とは何なのか。
コロナ禍という闇の中に細々として微弱であっても、その中で展開している「プレミアムな価値」はないかどうか。
あるとすれば、その光源をどのように強大にしていくか。
このあたりのことを若い准学校心理士の方々と一緒に考えていきたいと願っています。
万感の思いを込めて、みなさん、「よいお年をお迎えください」!



安心安全という用語について                     [2020.10.27]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

安心安全という言葉が連語のように使われている。
どことなく変だと思っても、原発事故や新型コロナ禍等に関連してさまざまなところで使われるものだから、慣れてしまった。
みなさんの職場でも同じではないですか。
「子どもたちのために安心安全を!」
やっとその違いや私自身の思い込みの原因が、ある本を読むことで私自身としてはスッキリとわかったところである。
池田清彦著『自粛バカ リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋』
(宝島社新書)にはこう書かれていた

岩田健太郎(神戸大学医学部附属病院感染症内科教授)が「安全は大事だが、安心は大事じゃない」と言っていたが、安全というのは科学的な話で、安心というのは心理的な話なんだよね。安心と思っているものが安全とは限らない。

「(私は)安心できない」と言えても、「安全できない」とは言えないのであるから、当然にも安心=安全ではないのである。
安心できないから、安全ではないのではないか、あるいは安全であっても何か安心できない、と内心で思うこともある。
こうなると、リスクゼロ=安全=安心となって、本来的にあり得ない仮定(与件)の下でわれわれは竦む(すくむ)しかない。

子どもたちは養育者がいくら安全を確保しても尻込みをするが、それでもその子どものことだけを誠実に熟考する養育者の保護(関心とサポート)を安心のベースにして少しずつ冒険(ある面で慎重にリスク評価して)できるのであろう。
新型コロナ禍で「養育者の保護」をわれわれにとっての「社会のリーダー(シップ)」と言い換えれば、それは信頼される誠実で利益相反のない、例えば為政者や科学研究者に求めることもできる。
現政権(厚労省等)や学術会議(医学研究者等)はこうした付託に答えているか(少なくとも応えているか)注視していきたいと思っている。



准学校心理士資格取得申請者が急増しています!             [2020.9.28]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

「嬉しい悲鳴」という言葉を使えるとは思いませんでした。
つい先頃行った准学校心理士資格認定審査で800名を超える申請者に向き合いました。
現在担当している審査委員だけでは間に合わない可能性もあるため急遽審査委員を増やしましたが、それでも去年とは比べものにならないくらいでした。
来年以降どのような推移となるかさまざまな有り様を想定していますが、この准学校心理士をみなさんとともに大切に育てていきたいと思っています。

われわれ委員会としては現在のこのコロナ禍の情勢を深く憂慮しています。
少なくとも次の三点が解決すべき今後の課題・問題として重くのしかかっています。

先ず第一に、准学校心理士は学校心理士資格への第一歩ですので、そのための研修会等のサポートは十分にできているのか。
年次大会も中止となりました。各地の支部研修会も思うように開催できません。
こうした状況を踏まえて准学校心理士の研修会等をzoom等の遠隔研修でできないかどうか、学校心理士申請の年限を延長すべきかどうか等を検討しています。

第二に、この情勢下で各短大や大学、専門学校等が学生さん等へ准学校心理士に関わる情報の周知徹底ができているか。
全国各地の短大・大学・専門学校等の担当者の方々のご努力で今年度の准学校心理士資格取得申請者が急増しました。
かなり各学校でご苦労いただいたと推察し、こころから御礼申し上げます。
その一方で既に加盟校手続きは済んでいても、このコロナ禍の情勢の下、校内の何らかの事情で申請のための広報や手続き等に遅延等が生じたことも考えられます。
現段階では加盟校の様子がわかりませんので、今後どのような対応をすべきか慎重に考えるべきだと思っています。

さらに第三に、こうしたコロナ禍の情勢であっても准学校心理士(学校心理士)資格の大切さをキチンと説明できるかどうかが問われています。
「ピンチは(が)チャンス」になるのは、こうした学校心理士(准学校心理士)としてのアイデンティティを明確にしているときだけ(その努力をしているときだけ)に限られるのではないでしょうか。
この意味で、学校心理士年報に長期連載される論考(准学校心理士のみなさんが読めるようにこの部分については、HPで掲載するようにします)に注目してください。

まだまだこのコロナ禍は終息どころか、収束の見込みすら立っていません。
准学校心理士のみなさん、そして加盟校の先生方や事務局のみなさんにはくれぐれもご自愛くださるようお願い申し上げます。



   過誤(エラー)について                      [2020.8.25]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

おもしろい連載(岩波書店『図書』2020年8月号 佐藤俊樹・知識と社会の過去と未来)が始まった。
副題にあるように、「M・ウェーバーから百年」とあるようにドイツの著名な社会科学者であるマックス・ウェーバーの没後百年を契機に、「知識と社会」の過去とこれから未来を考えようとするものである。
これはこれで専門的なことであるので、准学校心理士のみなさんには直接的にはかかわらないかもしれない。
ただこの第1回連載分には、「過誤(エラー)」をめぐってコロナウイルス検査の進め方とその判定、社会的な意味合いを検討し、「社会と知識の過去と未来」をテーマ化しているので、若いみなさん方(准学校心理士)にも注目すべき論点を提供しているので、紹介する。

「現在のところ、コロナのPCR検査の偽陰性率は30%ぐらいだろうと、考えられている。つまり、本当は感染しているのに「感染していない」と判定される人が三割ぐらいでてしまう。」(13頁上段)
偽陰性率とは、本当は陽性なのに過誤(エラー)により陰性と判断されてしまう確率であり、「その人たちが職場や学校に積極的に出ていけば、かなり頭の痛い事態が起きる」(同)ことはいうまでもない。
統計学を少しでも学んだことがあれば5%水準を思い出すので、これで検査と言えるのかと思うであろう。
もっとこの偽陰性率を下げることができないのか、あるいは同一人の複数回検査ができないのか(30%×30%=9%)、と考えるかもしれない。
後者は現在の検査能力体制から言って難しいとすれば、前者の方向での検討はどうか。
こうなると、本当陰性なのに過誤(エラー)により陽性と判断されてしまう確率(偽陽性率)が上がることになり、本当は陰性であるこの人たちは「強制的に隔離されれば、完全個室で導線も完全分離できる施設でないかぎり」、「偽陽性の人は強制的に感染しやすい状態におかれ、そのうちの何人かは本当に感染させられる。」(同中段)

こんなことが許されるわけはない。 こうなると、「偽陰性と擬陽性の天秤は、最終的には個と全体の天秤に通じる」ことにならざるを得ないので、この新形コロナウイルス下の「パンデミックを生きるとは、どうやら、そんな問いとともに生きることであるようだ。」(同下段)

PCR検査では特異度(感染していないときに検査で正しく陰性と出す割合)と感度(感染しているときに検査で正しく陽性と出す割合)という用語が使われるが、より広く統計学では周知の過誤(エラー)の問題と関係するので、日本疫学会疫学用語の基礎知識に基づき確認しておくことにする。

(https://jeaweb.jp/glossary/glossary027.html) 過誤(エラー)とは, 検定が誤った確率(P値)に基づいて行われたことによる誤判断をいい,
主に以下の二種類がある.
第一種の過誤(αエラー):
本当は検定仮説が正しいのに, 誤りであると判断する.
第二種の過誤(βエラー):
本当は検定仮説が誤りなのに, 誤りであると判断しない.
なお, 一般に標本データ数が多くなると,
第二種の過誤は生じにくくなる(検出力が上がる)
さらにこの議論は単なる確率の問題を超えて社会全体の価値の問題として「個と全体の天秤」に繋がっていく(例えば刑事裁判の基本原則である「推定無罪」)。
よくよく考えると、准学校心理士のみなさんが働く現場に具体的な問題や課題として生じていること(もし間違ってらどうしよう!もし本当だったらどうしよう!というリスクの問題)なので、仲間のみなさんと一緒に実践的にお考えいただきたいと思う。
なお、今次の新型コロナウイルス流行対応に関しては、そもそも求められているのは、朝日新聞2020年8月24日付「天声人語」で紹介されていた(万が一の時には)「安心して感染したい」(できる)社会でありたいと私は考えている。無制限の自己責任と自己負担を求める自粛路線(あまつさえ自粛警察など論外である)はそもそも根源的な問題があったのである。



   距離=速度×時間という物理法則について             [2020.8.3]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

遙か昔に教わった単純な物理法則から「老い」の意味合いが自分なりにわかり、納得がいったことがある。
若いみなさんには直接関わってこないかも知れないが、何時かくる自分あるいは周囲にいる年配者を思いやる視点にしていただければ幸である。

距離=速度×時間という物理法則は極めて単純である。 100メートルを9秒台で走る陸上選手はこのままを維持して走れるとしたら、時速でだいたい40`/時間といった程度となるので、実際上は無理だとしても、計算上は一日8時間かけれ、40×8=320`走行できる可能性があるということである。
走行距離を運輸業でみれば、仕事量となるので、これは単位当たり仕事量に時間を掛け合わせればいい。
さらに単位当たり仕事量を単位時間当たりの効率性基準量とすれば、仕事量=効率性基準量×時間となる。

ここで時間だけは客観的普遍的なものとしているが、絶対なものではなく伸び縮みすることがわかっている(アインシュタイン・相対性原理)。
ただ日常的には微細レベルであるので、通常は意識されない。
ところが感覚的ではあるが、どうも歳を取るに従って時間の進み方が早く感じられるのである。
さらにこのコロナ禍では忙しい日常を離れて時間はゆっくりと過ぎていくはずなのに、そうはいかない。
年齢を問わずに時間の過ぎゆく感覚的なスピードは増してるのではないか。
もしそうであるとすれば、どうしてなのだろうか。

これを仕事量=加齢あるいはコロナ禍の仕事基準量×時間から考えてみると、私には腑に落ちるのである。 加齢あるいはコロナ禍の仕事様態でも、少なくとも今まで同様の仕事量(仕事そのもものの本質は変わらないとの仮定で、定量的に考える)をこなさなければならないとして、現実には効率性基準量が落ちればそれだけ時間を多く使わなければならない。
同じ仕事量遂行に対する時間が増える。
その仕事が実際に終わらなければ、「日暮れて道なお遠し」であるし、「あれ自分はどうしたの?」であろう。

具体的には、今まで一日10時間で500頁の読書が可能な方は、
500頁=1時間当たり50頁×読書に費やしその間に流れていく時間10時間
ところが1時間当たりの読書頁数が半分の25頁に落ちたとすれば、朝から読み始めたのに夕方になってもまだ半分、一心不乱に読む身にとってはもう夕方にななってしまったと感じる。
これが続けば、本当は自分の能力低下が主因なのだが、当該本人の否認機制が働けば、人生はあまりにも速いスピードで過ぎ去るように感じる。

さてここからどうするか、どう考えるか
論理の飛躍を覚悟で言えば、こうも考えられる。
加齢あるいはコロナ禍の仕事をしながら、自分の大切な価値ある仕事とは何か、それは効率性と物理的な時間で測る量的なものではないのではないか。
一人一人が生きることに関わって仕事の意味に向き合う以外にはない

若いみなさんはどう感じますか。


   本の「整理」                          [2020.7.6]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

准学校心理士のみなさんから転居等の住所変更のご連絡をいただいております
機構や士会等からの様々な情報等を確実にお届けするために不可欠ですので、転居等による住所変更届を今後ともよろしくお願いします。

私自身大学を卒業して以来今日まで6回の引越をしてきました。
毎回さまざまな苦労をしてきましたが、やはりその中で大変だったのは「本」に関わることでした。
みなさんも教諭・保育士等の専門職者として新しい知識とスキルを取り入れるために毎月たくさんの情報に接し、その中から選択してこれはと考える紙ベースの著書等を購入されていると思います。
直ぐに読む本もあれば、いつか読むために用意しておく本もあります。
「いつか読むため」の本は結局は「積読」(つんどくだけ)となりがちなのですが、それでもまえがきやあとがき、目次を読み、本文にザーッと目を通すぐらいのことはします。
ここでガックリくる本と直ぐに読み始めるものに分かれるのですが、残念ながら前者の方が多く、それでもいつか役に立つ日が来るのではという淡い期待で、直ぐには捨てずに(専門的な本は多くの古本屋が敬遠?)そのままにしておくことになってしまいます。
だったら公共図書館も含めて貸出を受ければいいのですが、これも仕事をしている以上難しい。 この後始末が引越の時にくるわけです。

多くの場合ゴミ置き場行きとなります。
ただこの本の題名を他人から見られるだけ今までの自分の内的世界を覗かれる嫌な気分にならないわけでもない。
若い准学校心理士のみなさんはどうされていますか。

因みにこの何年かに私は長年の習慣でたくさんの本を買ってきました。
おそらく残りの人生の時間をすべて使っても完読はできないでしょう。
愚かと言えば確かにそうです。
ただし、技術進歩のお陰でそのうちの736冊(2020/07/02現在)は当面はゴミとして捨てる必要のないものとなりました。
というのも、この本すべてが(そして日本語本の選択制限は大きけれど、まだまだ数千冊は十分に所収できる)、重さ300グラム弱、タテ16pヨコ12p幅1pの防水つき(だからお風呂でもよめる!)の「箱」(タブレット)に収まっているからです。


   対話から共話へ                         [2020.6.5]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

何とも鬱陶しい日々が続いています
ただ、引きこもりの若者から「どうしてみなさん外に出たいのですか」と問われると、応えに窮します。
私だけの実感かも知れませんが、仕事やプライベート等のOnーOffが不明確な時空間にいることで、いろいろと考えないうちにその日その日が過ぎていく感じがしています。
時間が在って考えることができそうなのに、実際にはそれができない。
何とももどかしい感じです。

今日(2020/06/04)の朝日新聞朝刊で以下のようなおもしろい記事を見つけました。
ドミニク・チェン 遠隔でも「共に在る」感覚 (東京版13版23面)
内容は私の要約(抜き出し)では次のようです。

1)オンラインシステムを使った授業や就活等ではこれまでよりも「縛られている」と感じている学生の声がある。
2)その不満は例え双方向の会議方式であったとしても、リアルタイムで一方的に向こう側から情報が送られてくるという非対称な関係に起因する。
3)欧米では交互に発話する「対話」が主である一方、日本では「共話」といって、お互いの発話を補完しあったり、あいづちを打ち合ったりという形式が特徴的である。
4)チャットをうまく使えば、発話が重なる共話は対話よりも情報の流れが同時並行的であると言える。
5)今後課題となるのは「対称的な遠隔コミュニケーション」である。

私の実感は「対称的なコミュニケーション」を失うことで、豊かな会話とそこから醸成されていた「時空間」(実空間、さらに時計が測るクロノスではなく、自分自身の中を流れる内的時間であるカイロス)が失われることで、考える基盤を喪失している、ということかも知れません。
ここまで辛うじて「考えて」きて今一番したいことが、フランスからスペインへの、あるいは四国での巡礼である、と私が決定的に思い描く理由が明確になりました。
いろいろなことを歩きながら、そして時に同行の方たちと交流しながら、じっくりゆっくりあれこれと考えたい、ということなのでした。

少なくとも72歳の私よりはお若いであろうみなさんの、これからの参考になればと思っています。


   新しい年度を迎えた准学校心理士のみなさんへ           [2020.5.11]                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

新しい年度を迎えた准学校心理士のみなさんには、今次の新型コロナウイルス流行に伴って各職場等での対応でお忙しい毎日を過ごされているものと推察してお ります。
折角「働き方改革」が提起されているにもかかわらず、各専門職者として働いているみなさんが燃え尽きないように(BURNOUT)いていただきたいと念じています。
そのためにどんなことが考えられるか基本的な方向性を参考までに考えてみました。

1)今、何が必要か?
こうなるといくつも出てきます。
当然優先順位をつけるが必要です
自分として考えた優先順位を仲間と話し合ってみる必要があります。
困ったことに仲間が目の前にいません。
メール等では誤解を生じます。
こうなると、zoom等のテレビ会議システムの活用が考えられます。

2)今、それができるか?
こうなるといくつかの代替案が必要となります。
あるいはそれができるまで持ち堪える策を講じることになります。
これも自分一人ではできません。
仲間と直接つながれないとすれば、媒介的にどう関わるか。
具体的に模索することになります。
しかも、「無料」で!
既にみなさんも試しているかも知れないSkypeは有力は媒介(media)になる得るかも知れません。

3)今、何故それか?
仲間と繋がるためにはこれがもっとも大切なことだと思います。
おそらくこれは各専門職者として働いているみなさんの存在理由やこれからのキャリア展望にも関わる重大な問いかけになるものでしょう。
答えも難しく、さらに共通性を探るとなると時間がかかるものです。
答えanswerられなくとも、応えresponseなくてはなりません。
だだ危機crisisにある今だからこそ、岐路turningpointでもあるのです。
今こそこの問題・課題・論題をテーマ化すべきでしょう。
コロナ以後の対人的な専門職(human profession)のあり方や存在根拠(レゾンデートルraison d'etre)は大きく変わるものと私は感じています。
とは言っても若い准学校心理士の方々には難しいものです。
だからこそ、みなさんの周囲にいらっしゃる先輩の方々が重要になるのです。

最後に、よく知られた井上ひさしさんの言葉をみなさんにお贈りします

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく
おもしろいことをまじめに
まじめなことをゆかいに
そしてゆかいなことをあくまでもゆかいに

また私がよく行っていた、御茶ノ水のドイツビールの店には、次のような井上ひさしさんの色紙が飾られています。

得意泰然
失意平然


   1年経ちました                      [2020.4.20]

                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

早いもので准学校心理士一期生のみなさんは1年間経ちました。
新しい二期生のみなさんも加わっています。
総数318名ですので、ちょっとした「社会的勢力」になりました。
住所変更等はありませんか。
准学校心理士はいずれ固有の大会あるいは会議が発案されるでしょうから、そのためにも連絡体制は是非とも確実にしておいて下さい。

今回は新しい情報を提供します。
既に知っている方がいることを期待しています。
一般社団法人 学校心理士認定運営機構と日本学校心理士会では、今次の新型コロナウイルス流行対応に関する保護者向け資料をNASPと連携して下記の2種類(総合版とその短縮版)を作り、HPで公開しました(2020 年 2 月 29 日発行)。

●新型コロナウイルス(COVID-19)について子どもに話す〔保護者向け情報〕
●NASP(アメリカ学校心理士会)提供

この二つの資料は下記URLで入手できますので、ご活用下さい。

http://www.gakkoushinrishi.jp/syorui/files/corona_1.pdf
http://www.gakkoushinrishi.jp/syorui/files/corona_2.pdf

新年度早々に何とも大変な事態を迎えておりますが、こういう時こそ連帯と連携が必要不可欠かつ重要になります。
各准学校心理士の方々におかれましては、ご自身の体調管理を十分に徹底していただき、専門職としてその使命を各職場で全うされることを祈念しております。


   ケースレポートについて(1)                   [2020.1.27]

                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

学校心理士の受験にはケースレポートの提出が必要ですが、そもそもケースレポートを書く場合に何が重要となるのでしょうか。
最低限度必要不可欠な事項については手引きをご覧いただくことにしていただき、ここでは5つのポイントを教育実践の立場から箇条書きにしています。

1)ケース(事例)の全体が構造的に記述されているか。
ケースというものが一つの具体的な実践例であるならば、ケースそのもの(図)の、そしてケースを取り巻く環境(地)の二つの記述が必要です。
しかもそれらが単に羅列されているのでなく、構造的な繋がりがあるものとして記述するとともにこの二つの連関も書くことになります。

2)実践者の関わりが具体的に記述されているか。
ケース(事例)への対応は実践者の計画的組織的な営為である以上、実践者はどのような意図の下で何をしたのか。
そうすることの判断基準は何かということについて具体的で詳細な記述が必要です。実践者の専門的な実務能力はここから判定されます。

3)対象者等の変化が明確に記述されているか。
ケース(事例)への関わりによって援助対象者やグループ、クラス(学級)、学校等は援助の起点と比べてどのような変化(一時的あるいは継続的、潜在的あるいは顕在的、部分的あるいは全体的、単独あるいは全体等の視点)が生じているかについてはっ りとわかるような記述が必要です。

4)スーパーバイザーの意見等を的確に把握した上で指導援助した経過等が記述されているか。
ケース(事例)への対応には当該分野における専門家や管理責任者等との作戦会議・協議(広義のコンサルテーションconsultation)が不可欠です。
的確に専門家等にケース(事例)を説明でき(広義のアカンタビリティaccoutability)、それを援助者として主体的創造的に取り入れて指導援助を行う(広義の応答責任responsibility)ことが重要です。

5)今後の展望が省察的に記述されているか。
指導援助対象者や実践者本人の今後の課題がケース(事例)の記述に即して考察され、各自あるいは相互の発展・成長の契機をケース(事例)からつかみ取ることが求められています。
このためにはケース(事例)に関連した文献を見つけ出して読み込むことも大切です。(続)

   来年度の目標について                     [2019.12.16]

                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

新年2020年を迎えます

みなさんにとっては、いよいよ学校心理士資格取得の申請に向けて最終の準備を始めるときになりました。
中核になるのが、繰り返しこのコーナーでも取り上げてきたケースレポートの作成です。
みなさんがお勤めの現場で解決すべき課題を定めましたでしょうか。

皆さんは、評論家や外部の人間として考えるのではなく、内部で責任ある仕事を遂行している当事者=現場の実践家として,子どもたちや保護者のために具体的な行動次元で,さまざまな課題や問題を定義し,解決に向けて日々模索を続けていると 思います。
これらのことをご自身なりに省察してほしいのです。

ただしケースレポートは,単なる体験談でもエッセーessayでもありません。
そのために順を追って必要な項目をお書きいただきたいのです。
このことについては、既に手引きに記載されていますので、先ずよく読んで概略を把握して下さい。

さらに具体的なイメージを鮮明にするために、2020年度には11月の日本学校心理士会大会(仙台で開催)で,准学校心理士の方々向けに「ケースレポートの書き方」の講座を特設します。
また,学校心理士資格認定運営機構で編集した,ケースレポート作成の手引きを刊行予定です(12月頃)。

これらを参考にしながらご自身の実践を深く省察したケースレポートをお書きになれば、今後の皆さんのキャリアcareerの成長や発展の契機になるものと確信しています。
2020年もご一緒に勉強、研究、実践していきましょう。


  ケースレポートに関する着眼点と簡単な注意事項について      [2019.10.21]

                          准学校心理士認定委員会委員長
                   大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

みなさんは本年4月1日から准学校心理士資格を取得して6ヶ月が経ちました。
勤務されている実践現場について少しずついろいろなことが見えてきたのではないでしょうか。
ベテランはベテランで様々なことを見ているのですが、しかしみなさんの新しい眼で見えていることにはとても重要なことが含まれていると思います。
というのも、みなさんにとっては変なことは変ですし、納得がいかないことは納得できないからです。
これは当たり前のようですが、そうでもありません。
「変なこと」「納得がいかないこと」は現実の職場でゴロゴロしていますが、「まあ、そんなこともありうる」「現実はなかなか厳しい」と言った中間項に媒介されると、「変です」「納得がいかない」と言い切れなくなってしまいます。
こうなると今度は現実が実際に見えなくなってきます。
今しかない、あるいは今はかなり敏感な眼を持っているのだから、是非ともそれを突き詰めてください。
このことはもちろん糾弾し問い詰めることと必ずしも同じではありません。
自分に生じている経験や体験を先ず冷静かつ詳細に記述し、その上で現実全体を構造的に把握しようと努めること(reflection)です。
これがケースレポートに関する着眼点(出発点)というものです。
これさえ明確になれば、その後はスーパーバイザーの方の助言を入れ込みながら(consultation)まとめていくことになります。

なおここで念のため簡単な注意事項を書くとすれば、A4サイズ縦用紙(片面横40字×縦25行)10枚という必要条件(つまり40×25×10=1万字が基準)を厳守することです。
字数が少なければ当然記述が不十分との認定を受けることも出てきます。
ケースレポートは実質審査ばかりでなく、形式審査もあることに今から注意しておいて下さい。

みなさんの健闘を期待しております。
               

 この夏は何を研修されましたか                    [2019.9.5]
                           准学校心理士認定委員会委員長
                    大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)
9月に入りました。
まだまだ残暑が続いていますが,いかがお過ごしでしょうか。
日本学校心理士会では8月に聖徳大学(千葉県松戸市)で年次総会を開催し,千葉支部の皆さんの献身的な努力により多くの参加者を得て盛会のうちに終了しました。
また9月から各支部主催研修会も含めて多くの研修会が開催されます。
秋は研修の季節でもあります。
機構や士会のホームページを適宜ご覧いただき,各種各地で開催される研修会に参加して学校心理士の先輩の皆さんとご一緒に研修していただければ幸いです。
この際に准学校心理士のIDカードをお忘れなきようにお願いします。

就職されてもうじき半年になります。
ご自身がお勤めの各現場での課題や問題,論題を意識し,それらを明確化されましたか。
お一人では難しくとも同期の方や研究会等でお会いした同志方々との議論や話し合い,非公式の飲み会などでハッキリさせるヒントが見つかるかもしれません。
さらにこうした問題等を解くために何が必要かがわかれば,どんな研修会に出ればいいのかも明らかになります。
食欲の秋,学びの秋を楽しんでください。
       

  ケースレポートの準備に向けて                    [2019.8.8]
                           准学校心理士認定委員会委員長
                    大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

皆さんは学校心理士資格取得に向けて計画的にこの3年間を過ごそうとしておられると思います。
その条件は以下の通りです。

1)1条校(学校教育法)または幼稚園・保育所等の保育施設で3年間専門的な実務経験を有すること。
2)学校心理士として機構や士会(支部研修も含む)の研修会に出席し,4年制大学卒業者にあってはAポイントを含む5ポイント以上を,保育等専門学校や短大の卒業にあってはAポイントを含む10ポイント以上を取得すること。
上記1)についてはすでにこの4月から学校や保育所等で勤務され,上記2)についてはこの夏の研修会(例えば千葉県松戸市にある聖徳大学で開催の日本学校心理士会年次総会) をはじめいくつかの案内を受け取っていることでしょう(このために皆さんの正確な住所が必要なわけです)。

ただこれらの条件は学校心理士資格認定「申請」の条件です。
この条件を満たしたうえで,ケースレポートを作成し必要な書類を整えて認定申請を行い,論述試験と多枝選択試験を受験して合格する必要があります。
これらのことについては,来年の日本学校心理士会年次総会等で詳しく案内をする予定です。
今から準備しておいていただきたいのは,ケースレポートに関することです。
手引きでは下記のような記載がなされています。


ケースレポートは,スーパーバイザーの指導を受けたケース(申請時直近5年以内のもの。ケースの実施期間の開始日または終了日が含まれていれば可)について学校心理学の観点から書きます。
大学院の授業(実習など)の一環として行われた実践も可とします。図表や参考文献・引用文献のすべてを含めて〈A4サイズ縦用紙(片面横40文字×縦25行)10枚〉とします。
スーパーバイザーの意見をどのように支援に活かしたのかについての具体的な記述が必要です。
なお,作成要領は「手引き及び申請書」に,ケースレポートの例は「学校心理学ガイドブック」に詳しく記載されています。


これは「ケース」を「レポート」として作成する際の説明で,皆さんにはわかりにくいことかと思いますので,上述の通り年次総会等で詳しく説明します。
ただし「ケース」がなければ,何も書けませんので,皆さんにはこれを今から思い定めてもらいたいのです。
今,皆さんは実践現場でご苦労されているのではないでしょうか。
日々生じている「ご苦労」で,これからのキャリアの為にこれは特に,じっくりと考えてみたいと思い定めている「事例」はありませんか。
もしあれば,そのことに関わるすべてをできるだけ詳しくメモしておいてほしいと思います。
これがケースレポートを作成する中心的な素材となります。
どのように形を整えて「料理」するか,誰に相談したらいいか等についてはその後のことで,また別の機会に説明します。
このメモは今更言われるまでもなく,皆さんは職務上やられていることではないでしょうか。
園児,児童,生徒等の理解や園児,児童,生徒等の指導に必要不可欠だからです。
皆さんの日々のお仕事でいくつもの「気になる」ケース等があり,これらの事態や指導の中から特にこれを詳細かつ正確に記述し,今後の実践に生かす,活かすために必要なものとなるのが「ケースレポート」であり, 学校心理士資格認定審査にはこの提出が求められているとお考え下さい。
どうか,今からケースレポートの準備を始めるようにおススメいたします。

       「准学校心理士」 2019 誕生記念シンポジウムへのお誘い  [2019.7.4]

                         准学校心理士資格認定委員会委員長
                    大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

みなさんは,准学校心理士資格を取得されてはじめて「夏休み」を迎えられます。
既に就職されている方にとっては,夏「休み」どころの話ではないかと思います。
それでもここで心機一転,身も心もリフレッシュされることを願っております。

この夏,「准学校心理士」2019 誕生記念シンポジウムが開催されます。
准学校心理士資格認定委員会が企画し,テーマは「教育・保育フィールドで出会う新たな課題へのアプローチ ―(准)学校心理士をもつ若手教師・保育者の誕生とチャレンジ―」となっています。
話題提供者として,梅宮れいか(福島学院大学)・小泉令三(福岡教育大学)・緒方宏明(九州ルーテル学院大学)・齋藤諭(千葉工業大学)の四氏が登壇します。

ここでは「理系生徒への教育課題」「発達障害のある女子生徒の支援ニーズ」「社会性と情動の学習」「保護者対応」について,最新の実践や調査などを交えて紹介し, 教師や(准)学校心理士は,何を学び,どんな方策をとり,誰と連携してチームアプローチすべきかについて討論することになっています。
参加者には≪A:1 ポイント≫が付与されます。

このシンポジウムは,聖徳大学(千葉県松戸市)にて,2019年8月17日(土)〜18日(日)に開催される日本学校心理士会2019年度大会(テーマ: 公認心理師誕生の中での学校心理士の役割)の中で行われます。

参加申し込み等詳しくは,大会ホームページをご覧ください。
http://jasp2019.sakura-chiba.com/

この夏,お目にかかれることを楽しみにしております。
なお,次回の年次総会では准学校心理士の方々を対象にしたセミナー(ケースレポートの書き方等学校心理士資格取得へのガイダンス)を企画しています。


    <「学校心理士」の受験資格を得るためには以下の二つの要件が必要です>

@1条校(学校教育法)または幼稚園・保育所等の保育施設で3年間専門的な実務経験を有すること(*申請年度3月末に3年となるものは実務経験年数について,「見込」申請可)。
A准学校心理士として機構や士会(支部研修も含む)の研修会(種別A・B)に出席し,4年制大学 卒業者にあってはAポイントを含む5ポイント以上を,保育等専門学校や短大の卒業にあってはAポイントを含む10ポイント以上を取得すること。

*研修会の情報は,6月と12月に届くニューズレターや本ホームページに掲載されています。
 種別A・Bの研修会に参加し,ポイントを取得してください。

*研修会受講時には「IDカード」を持参し,受講後に得られる受講証または受講証明を
「研修会参加記録カード」に貼付してください。


<准学校心理士資格認定委員会より>


            准学校心理士・学校心理士の将来展望    [2019.5.27]

                          准学校心理士資格認定委員会委員長
                     大野精一(星槎大学大学院 教授・研究科長)

1997年(平成9年)から始まった学校心理士認定事業はもうじき25年(四半世紀)を迎えます。
当時の学校心理学会・高野清純理事長の下,この制度の設計を開始して以来,実に長い年月が経ちました。
文字通り,歴史的検証に耐えて残ってきた制度と言っていいと思います。
だからこそ,これからの四半世紀を見据えた展望が重要になるのです。
すでに古きを過ぎた私ではなく,これからの時代を担う若い准学校心理士の方々に,
この制度の充実発展をお願いするいい機会となりました。

おそらくは学校等で教育職(校長・教諭・養護教諭等)以外で心理士として仕事をする場合には,国家資格としての公認心理師が必要となります。
このことは間違いないと思います。
ただもしこの前提が正しければ,しかもその養成が現実の必要数を越えているとすれば,国家資格たる公認心理師は スクールカウンセラー等の心理職の任用条件で必要であってもそれだけで十分とは言えません。
なぜならここでは需要を超えた供給過多(教員免許状と同じ)の資格認定が行われている可能性があるからです。
そもそも公認心理師は極めて高い汎用性の資格として制度設計されている以上は,これは論理的に必然であることかもしれません。
だとすれば公認心理師も何に強い,あるいはどの分野を専門としうるかという挙証をしなければ心理職として採用されるには十分ではなく, ここをどうするかが大きな問題となります。
ここで教育に強い「学校心理士」が出てきます。
つまり「公認心理師(学校心理士)」という表記ができることが極めて重要になると想定しています。
これからは,准学校心理士の皆さんには学校心理士の資格取得を目指していただき,学校心理士を有しない公認心理師との共働をしていただければと願っています。
古きを過ぎた委員長として私にとっては,自己責任として教育分野における国家資格創設(教育職員免許法の改正。場合によっては学校教育法本法の改正)として 「支援教諭(相談教諭)」の最後の力を振り絞ってみるつもりです
支援教諭(学校心理士)は,文字通り心理に強い教育職の表記であるからです。
私はまだまだ頑張るつもりですが,まだまだ未来のある若い皆さんには,ほどほどのお力添えをお願いしたいと思っております。